❝SWEET MEMORIES❞1983年8月1日に発売された14枚目のシングル❝ガラスの林檎❞のB面曲として発表され、サントリーCANビールのCMソングに起用されて大きな話題となった。大村雅朗の聖子ちゃんとのコンビでの2人のコンビでの究極✨️の作品となった。長い間、走り続けてきた聖子ちゃんが辿り着いたゴール🏁のような曲に感じた。
発売当初は目立たないB面曲だったけど、サントリーCANビールのCMに起用されたことで運命が一変した!
イラストレーターひこねのりお氏が描く愛らしいペンギンのキャラクターがジャズバーで涙を流すアニメーションと、哀愁漂う英語の歌声がマッチし、「この洗練された歌声は誰なのか?」と世間で大きな話題となりました。当時、クレジットに歌手名の表記がなかったため、のちに松田聖子だと明かされた際には新鮮な驚きを与え、シングルの売り上げを大きく伸ばす原動力となった。ある意味、聖子ちゃんが走り続けてきてゴールした感じがした。

結構、みんなの話題になったけど、おいらは直ぐに聖子ちゃんだと分かったけど、みんなも分かったんやない?🤠1983年はどんな時代だったのか知らない人もいるやろからちょっと書き出してみる。
1️⃣ 東京ディズニーランド開園(4月15日):千葉県浦安市に日本初のディズニーテーマパークがオープンし、初年度から大ブームを巻き起こした。
2️⃣ 任天堂「ファミリーコンピュータ」発売(7月15日):のちの家庭用ゲーム機ブームの先駆けとなる「ファミコン」が登場!
3️⃣ NHK連続テレビ小説『おしん』放送開始(4月4日):最高視聴率62.9%という日本のテレビドラマ史上最高記録を樹立し、「おしんドローム」と呼ばれる社会現象になった。
4️⃣ ヒット‼️商品の誕生:大塚製薬の「カロリーメイト」、日本コカ・コーラの「爽健美茶」の前身、ロッテの「チョコパイ」などが発売された。
おいらもまだ20代後半で、ディスクポート西武千代田店の店長をしていた。マイケル・ジャクソンのThrillerがBillboardでシングルがチャート💹を席巻!
🇺🇸 米ビルボード 年間トップ5(歴史的一大ヒット‼️)
1983年の世界的なチャート💹を席巻した、誰もが一度は耳にしたことがある超有名曲‼️
- 見つめていたい (Every Breath You Take) / ザ・ポリス:年間チャート1位👑を獲得した、切なくも美しい歴史的な名バラード。
- ビリー・ジーン (Billie Jean) / マイケル・ジャクソン:アルバム『Thriller』から爆発的💥大ヒット‼️ムーンウォークが世界現象になった。
- 今夜はビート・イット (Beat It) / マイケル・ジャクソン:エディ・ヴァン・ヘイレンのギターソロも話題を呼んだ、ロックとポップの融合曲。
- フラッシュダンス…ホワット・ア・フィーリング (Flashdance… What a Feeling) / アイリーン・キャラ:大ヒット💥映画🎦『フラッシュダンス』の主題歌🎶
とにかく街中に音楽🎶が溢れていた素晴らしい時代だった。おいらも27歳でミナミのディスコ🪩ZIZIQUEやAmazonClubによく行っていたそんな時代だった。再三おいらのコラムに登場するクマ🐻さんとの2度目の再会で付き合ったのもこの時だ。

大村雅朗は❝青い珊瑚礁❞(1980年)❝チェリーブラッサム❞(1981年)❝夏の扉❞(1981年)❝白いパラソル❞(1981年)などの編曲、アルバム楽曲の作曲を担当していたが、シングル収録曲の作曲は、この❝SWEET MEMORIES❞が初めてだった。1980年に❝裸足の季節❞でデビューし、❝青い珊瑚礁❞のヒット‼️によって一気に音楽シーンの頂点に立った松田聖子。82年にリリースした名曲❝赤いスイートピー❞でアイドル歌手としての絶頂期⤴️⤴️を迎えた彼女が、シンガー/アーティストとしての評価を高める契機の一つが❝SWEET MEMORIES❞だった。松田聖子✖️大村雅朗のワークスとして頂点‼️に立った楽曲だと思う。🤠

多くの人がミリオンセラー❇️と誤解しがちだけど、実際のオリコン累計売上は約85.7万枚(当時のシングル『ガラスの林檎 / SWEET MEMORIES』として合算)となっており、聖子ちゃんの全シングルの中では歴代2位の売上を記録している。


この曲で大村雅朗✖️聖子ちゃんは終わりなのでとても長くなってしまいましたハイ!🤠おいらの中でもこの曲が流行った頃の事は、甘い記憶であり遠い記憶…だ。( ꈍᴗꈍ)
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