フォーライフ四人衆のうち、フォーライフ設立後初シングルは泉谷しげる❝寒い国から来た手紙❞(チャート圏外)、第二弾が本作(チャート4位)。第三弾が小室等❝愛よこんにちわ❞(チャート圏外)、第四弾が井上陽水❝青空、ひとりきり❞(チャート8位)

ほのぼのとした松任谷正隆のカントリーアレンジに、メロディ〜はペンタトニック中心の拓郎節。時代はフォークからニューミュージックに変わってきており、ヒット‼️はしたが小ぎれいで優しいニューミュージック時代に向っていく中、吉田拓郎の音楽が、少しづつ時代とズレ始めていく。野心的なディスコ🪩✨️チューン🎶井上陽水❝青空、ひとりきり❞に比べると保守的な作品といえる。以降、吉田拓郎のシングルは段々売り上げを落としてゆく…
《ペンタトニック》
通常のドレミファソラシド(7音)から「ファ」と「シ」の2音を抜いた「ド・レ・ミ・ソ・ラ」(C音基準の場合)• 明るく伸びやかな印象を与える。(例:スコットランド民謡「蛍の光」など。
- A.Piano, E.Piano, Organ, Accordion, Flat Mandolin, Banjo:松任谷正隆
- Drums, Percussion:田中清司
- E.Guitar, A.Guitar:矢島賢
- E.Bass:後藤次利
- Steel Guitar:駒沢裕城

松任谷正隆のキャリアの初期(1970年代のフォーク/ニューミュージック黎明期)に、スタジオミュージシャンとしてバンジョーの演奏を数多く手がけていた。特に、ピックを使わずに爪で弾く「フレイリング・スタイル」を得意としており、日本の音楽史に残る名曲のバックでその音色を聴くことができる。
松任谷正隆がバンジョーを演奏している主な楽曲❝結婚しようよ❞吉田拓郎(1972年)日本のフォーク界に一大ブームを巻き起こしたこの名曲❇️で、軽快なバンジョーを演奏しているのが若き日の正隆ちゃん。❝そのまま❞荒井由実(1973年)後に妻となるユーミンのファーストアルバムひこうき雲の収録曲。間奏からエンディングにかけて正隆ちゃんのバンジョーを聴くことが出来る。
❝たどり着いたらいつも雨降り❞よしだたくろう(1972年)アルバム元気です。に収録されているヴァージョンなどで、アコースティックな味付けとしてバンジョーやマンドリンなどを担当している。

正隆ちゃんのイメージはプロデューサー&アレンジャーだけど、マルチ・プレイヤーの側面もある。おそらく誰もバンジョーやマンドリンを弾けるイメージは持ってなかったやろね。🤠
正隆ちゃんが「何年もの間、毎日聴いた」「死ぬほど聴いたアルバム」として挙げるのが、彼女の1975年の名盤Who Is This Bitch Anyway?
とてもわかる気がする🤔…おいらもこのアルバムは持っていた。伝説的なジャズ&ソウルシンガー、マリーナ・ショウの魅力は、ジャンルを超越した圧倒的な表現力にある。
❝Feel Like Makin’ Love❞は、1974年にロバータ・フラックが発表したものが原曲だけど、1975年にマリーナ・ショウが発表したアルバムWho is this bitch,anyway?(しかし、なんちゅうタイトル!)にも収められており、これが大ヒット‼️した。ロバータ・フラックのヴァージョンもロバータ・フラックが勢いがあったころに発表されたこともあり、ヒット‼️はしたが、マリーナ・ショウはそれを上回る大ヒット‼️を飛ばした。
《キャロル・キング》
音楽そのものとして非常に好きだったと語っている。妻である松任谷由実(当時は荒井由実)と出会った21歳当時も世間で流行しており、彼女のスタイルにも同様のものを感じていたと言っている。
《デイヴ・グルーシン》
エレクトリック・ピアノ(エレピ)のプレイヤーとして「彼には影響を受けた」と明かしている。
《ダニー・ハサウェイ》
特に1973年のアルバム『愛と自由を求めて(Extension of a Man)』から非常に大きな影響を受けたと語っている。
《リチャード・ティー 》
プレイヤーや音楽として、当時よく聴き込んでいたアーティストとして名前を挙げている。
その他にも「死ぬほど聴いたアルバム」としてザ・スタイリスティックスや、ポール・サイモン 時の流れに、スティーヴィー・ワンダー 心の詩、マイケル・ジャクソン オフ・ザ・ウォール、ボブ・ジェームスBJ4などの作品を挙げており、主に1970年代のソウル、R&B、ジャズ・フュージョン、AORのアーティストたちからプレイスタイルやサウンドメイクのインスピレーションを受けている。それがユーミン・サウンドを創り上げたんやね。
【なんでマンタと呼ばれているのか?】
- このあだ名を最初に付けたのは、音楽仲間の林立夫だと言われている。しかし露骨やなぁ〜🥴
- 名前の由来:当時、松任谷正隆が同時に2人、3人の女性と付き合うなど奔放だったことから、「マン」が「タ(多)」、つまり「女性で満ち足りることが多い(モテすぎる)」という意味のスラング・隠語として名付けられた。だから石田ゆり子とも浮気したのか…🙄(妻のユーミンは許してる)納得!でも柄に似合わないな…拓郎も女💆好きで有名だしお互いに女性談義で盛り上がったんやろね〜🤠このスケベ達!🤣

コラム✒️長すぎるやろ!(*ノω・*)テヘ!
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