筒美京平とキョンキョンは、1980年代のアイドルシーンを席巻した何をかくそう…実は黄金❇️コンビなのだ!デビュー当初伸び悩んでいた小泉今日子をトップ💖アイドル⤴️⤴️へと押し上げたのが筒美京平の楽曲であり、彼女はシングルだけでも10曲以上、アルバム曲を含めると30曲以上の筒美作品を歌っている。筒美京平氏にとっても久々のオリコンチャート💹1位に👑に返り咲いた。✨️


筒美京平が手がけた主なシングル曲は、斬新なイメージチェンジを伴うヒット曲‼️が多く、作詞家との組み合わせも多彩。

『まっ赤な女の子』(1983年)作詞:康珍化 筒美京平が初めて小泉今日子に提供した曲🎵。髪をショートカットにした彼女のトレードマークとなり、ブレイクのきっかけを作りました。『半分少女』(1983年)作詞:橋本淳『迷宮のアンドローラ』(1984年)作詞:松本隆『ヤマトナデシコ七変化』(1984年)作詞:康珍化『魔女』(1985年)作詞:松本隆『なんてったってアイドル』(1985年)作詞:秋元康アイドルという存在を自虐的かつポップに歌い上げた、彼女の代名詞とも言える大ヒット‼️当時、新進気鋭の秋元康のお遊びともとれる難しい詞によくこんなポップな曲を付けた事だと思う。

80年代中期〜日本の音楽シーンは、ユーミン、大瀧詠一、山下達郎、サザン★オールスターズの達のSSW(シンガー・ソングライター)達が席巻していた時代…職業ソングライターの時代は終わりか…と思われていたのに、どっこい、筒美京平先生は新しいキョンキョンと言うフレッシュ✨️な新たな武器を手に入れ、「まだまだやりまっせー!😬」と言わんばかりにヒット曲‼️を連発!。❝なんてったってアイドル❞ ❝ヤマトナデシコ七変化❞が、筒美先生の手によるものだと誰が知っていただろう。筒美先生45歳の年だった。こんなポップな曲をお書きになるなんて、まだまだお若い✨️🤠!
キョンキョン自身はこれ以降次第にアーティスト志向/セルフ・プロデュース色を強め、クラブ・サウンドやカヴァー楽曲に挑戦したアルバムが話題を集めたほか、90年代には自作詞による❝あなたに会えてよかった❞をミリオン・ヒット‼️させている。いよいよ小林武史氏の登場だ。(作詞:小泉今日子作曲・編曲:小林武史)
1991年のミリオンセラー『あなたに会えてよかった』で、小泉今日子は日本レコード大賞の「作詞賞」、小林武史氏は「編曲賞」を受賞🏆️2人にとって大きな転機となった。

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