❝北国の青空にさよならを告げる❞という歌い出しから始まり、愛する人との別れを汽車の窓から惜しむ女性の切ない心情が描かれている昭和歌謡♬。ヒットメーカーである橋本淳&筒美京平のコンビが手掛けており、心地よいイントロや美しいバックコーラスが特徴。当時トップアイドル&女優として多忙を極めていた岡崎友紀だけど、安定した抜群の歌唱力でこの哀愁漂うポップスを歌い上げている。

岡崎友紀ほど人気のあったアイドル女優は後にも先にもいなかった。とんでもない人気を博していて、テレビで彼女の顔を観なかった日はなかった。昭和45年の正月の出演番組には30本にも及び、そんな伝説的な国民的人気🌼を博したアイドル女優は他に類を見ない。あらゆる雑誌には毎月彼女の笑顔が踊っていた。岡崎友紀は、伝説のアイドル女優だ。


人気コミカルドラマおくさまは18歳をおいらはテレビに齧りついて観ていた。こんなにも好きになった芸能人はいない。東京に会いに行くことも真剣に考えたくらいだった。もう虜よ!🤩彼女の最大の魅力は💟一人芝居のようなそのお茶目さにある🥰。

岡崎友紀の歌手活動において、筒美京平は数多くの代表曲を手掛けた黄金💛コンビ。作詞家の橋本淳とタッグを組み、大ヒット曲この❝私は忘れない❞や❝天使はこうして生まれるの❞など、彼女の可憐な魅力を引き出す名曲❇️を多数生み出した。
主な提供楽曲岡崎友紀がリリースした筒美京平作曲の代表的なシングル曲。
⚪️私は忘れない(1972年)
⚪️天使はこうして生まれるの(1971年)
⚪️年頃かしら(1973年)
⚪️マドンナ(1974年)
作詞:橋本淳 作曲:筒美京平の最強の制作陣による楽曲群は、当時のティーンエイジャーの理想像を体現した。主演ドラマおくさまは18歳などで大人気を博していた彼女のキュートで少しおしゃま🌼なイメージを、都会的で洗練されたポップスへと昇華させた。後に、岡崎友紀は加藤和彦の手や荒井由実によりJ-POPよりにシフトしていった。
後に、彼女は加藤和彦や荒井由実のJPOPの先駆者に曲を書いてもらうことになる。特に『ウォール・オブ・サウンド』の❝Do You Remember Me❞ガールズ👧ポップ🎶の先駆けだ!しかし、まだまたSSWの、時代に飲み込まれることもなく、地道に筒美京平氏はアイドルに曲を書き続けた。聖子ちゃんでも明菜でもない…あのお方だ!

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