この日本🇯🇵の神曲✨️と称される❝イルカのなごり雪❞ アレンジを施したのが松任谷正隆ちゃんでもある事を知る人は少ない。ほとんどの人は伊勢正三だと思ってるだろう。確かにそうだ。アルバムヴァージョンは正やんだけど。シングル・ヴァージョンは正隆ちゃんのアレンジなのだ。ある意味正やんやけど…🤣 やはり耳馴染みがあるのは、正隆ちゃんのアレンジのシングル・ヴァージョンだろう。

このアレンジにまつわる、正隆ちゃんの有名なエピソードがある🤠
イルカの代表曲として知られる❝なごり雪❞(1975年発売)は松任谷正隆がシングル版のアレンジを手がけ、それまでのカントリー調だった原曲(かぐや姫版)を”都会的でおしゃれな名曲♬✨️”へと生まれ変わらせた。

1️⃣イルカ🐬に嫌われたマンタ(笑)

イルカに”嫌われた”と勘違いして落ち込んだ日々…1975年11月5日❝なごり雪❞は松任谷正隆アレンジの『シングルヴァージョン』と、ライブのサポートをしていた石川鷹彦編曲の『アルバムバージョン』が同時にリリースされ、リリース後しばらくの間、イルカはテレビ番組などに出演する際、正隆ちゃんのものではなく石川鷹彦のアレンジ(アコースティックギターを中心としたフォーク寄りの構成)で歌っていた。これを観た正隆ちゃんは、「自分(松任谷)のアレンジが相当嫌いだったのかな……」と勘違いし、しばらくの間かなり落ち込んでいた(。ノω\。)らしい。
松任谷正隆にとって❝なごり雪❞は自身が初めて他人のアーティストのためにアレンジを手掛けた作品だけに、並々ならぬ思い入れと緊張感を持ってレコーディングに臨んでいたからだ。

2️⃣情景が目に浮かぶ奇跡✨️のイントロ♬…❝なごり雪❞といえば、冒頭の切なく美しいピアノとエレクトリックピアノのイントロが非常に印象的だ。しかし、数ヶ月経つとイルカもテレビ等で松任谷正隆アレンジ(エレピやテンションコードを多用したバージョン)で歌うようになり、ホッと胸をなでおろしたというエピソードを後にテレビ番組(NHK『The Covers』など)で明かしている。
そらそうだろう!シングル・ヴァージョンそのものを再現しようとしたら正隆ちゃん呼ぶだけでも気が引けるだろうし、完璧に再現するとしたら鈴木茂、吉川忠英、村上“ポンタ”秀一達を呼ばないとならないから遠慮したんやないの?シングル盤が大ヒット‼️したから局も呼べるようになったりしたのかも…ヾ(*’O’*)/

フォークソング特有の哀愁は残しつつ、当時の歌謡曲やフォークにはなかった”洋楽的なテンションコード”をちりばめ、ベースや鍵盤の絶妙なブレンドによって“ひらひらと舞い落ちる雪”の情景を完璧!✨️に表現している。原作者である伊勢正三も「松任谷さんのアレンジによって「(かぐや姫の時より)ちょっとおしゃれな楽曲になった」と、その手腕を高く称賛している。そしてその応用がコレも日本🇯🇵の神曲✨️ユーミンの❝春よ、来い❞なのではないだろうか🤔…
3️⃣レジェンドたちが集結したレコーディング当時の正隆ちゃんはまだ20代前半で、何者になるか模索していた若き時代…そんな彼のもとに集まったバックバンドのメンバーも超一流のレジェンドばかり。
⚫️エレキギター: 鈴木茂(はっぴいえんど)
⚫️アコースティックギター: 吉川忠英
⚫️ドラム: 村上“ポンタ”秀一
アコースティックピアノ&エレクトリックピアノを弾く松任谷正隆の緻密かつソウルフルなヘッドアレンジ(譜面に頼りすぎず、スタジオの空気感で組み立てる手法)により、イルカのハスキーな歌声と楽器の音が、ただの伴奏ではなく、見事に混ざり合う奇跡的✨️なテイクが生まれたと言われている。
ここからはちょっと❝なごり雪❞で遊んでみよう🤔…
❝なごり雪❞の、イントロを聴いて何か後によく似たイントロを聴いたような気がししない?(☉。☉)💡!わかった人は鋭い!🤠ソングライターは別の人なのにアレンジャーの正隆ちゃんが自身のアレンジをオマージュしたのかな?
ところでなんの曲か解った?(・o・)正解はこの曲!👇️
代表的な曲は❝ダンデライオン〜遅咲きのタたんぽぽ❞だろう。自分のアイデアを自身の編曲で他の曲に流用するのは何の問題もない。これしかない!と思うほどの、春の息吹を感じる名イントロ♬だ。( ◜‿◝ )♡
このイントロの応用なら❝赤いスイトピー❞もそうかも知れない。世界観が似てるね。春の曲だし…❝なごり雪❞も❝ダンデライオン❞も❝赤いスイトピー❞も全部春曲だから、正隆ちゃんはこのイントロを王道だと感じ、他にも応用したくなる程、最高に気に入ってるんやない?
それもこれも元を辿れば❝ひこうき雲❞からかもしれない…『知らんけど…( ꈍᴗꈍ)』
半年経っても手も握れないボクチン🥴がいた…
編曲:荒井由実/キャラメル・ママ(松任谷正隆)
松任谷正隆の多岐にわたるアレンジのなかでも最高峰✨️のアレンジなんじゃないかな。( ꈍᴗꈍ)
この曲♬が、ラジオ📻️から流れていた頃、おいらは高校3年でその頃の事を思い出す…東京の大学を受ける為に東京に向かう(おいらは神戸人で都会人だからあえて上京とは言わないでおく)🚅新幹線で東京に向かう電車のなかで、”もし合格すれば彼女とは別れる事になる”事を覚悟していた。そんな希望と空虚感が混ざったその時の己の感情を懐かしく思い出す…( ꈍᴗꈍ)
AIカヴァーだけど動画が素晴らしい!( ꈍᴗꈍ)

『もうひとつの❝なごり雪❞』
❝なごり雪❞で列車に乗り込む女性側の視点から、ホームで見送る”あなた”への想いや、言葉にできなかった「好きだよ」という気持ちを描いたもう一つの物語。
そしてもう一曲、❝なごり雪❞のアンサー・ソングとファンの間で囁かれていたのが❝22才の別れ❞だった。
なぜ「アンサーソング」と考察されるのか?2つの曲のシチュエーションや歌詞の世界観が、まるで「表と裏」のようにきれいに対応しているため。楽曲 主な視点・心理 象徴的なシチュエーションなごり雪 男性から見た別れ去りゆく女性を駅のホームで見送る切なさや、彼女が大人になっていく姿への戸惑い…「東京発の夜行列車(ブルートレイン等)」を思わせる駅のホーム、早春の雪。22才の別れ 女性から見た別れ愛する男性との別れを決意し、別の道(お見合いや結婚など)を選ばざるを得ない切ない本音。
「あなたにさようならと言えるのは今日だけ」という、文字通り“22才”の人生の転機。当時の社会背景において、22歳は大学の卒業や就職、そして女性にとっては「結婚(適齢期)」を強く意識する年齢。 ❝なごり雪❞で汽車に乗って去っていった彼女が、実は❝22才の別れ❞で歌われているような「これ以上待てない現実(年齢や結婚への焦り、周囲の環境)」を抱え、涙をのんで男性のもとを去ったのではないか、という切ない物語としてアンサーソング説を根強くさせているのだ。
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ユーミンより先にレコーディングされた原田知世の「ダンデライオン」は、同じ松任谷正隆アレンジなのに、イントロはだいぶ違います。
ところが、この曲を原田知世がセルフカバーした際は、ユーミン風アレンジに近づいていました。
アレンジに注目して聴いてみると、いろいろ発見がありますね。