大沢によると、元々この曲は❝凍てついたラリー❞というタイトルで、他の歌手へ提供する目的で作られた曲だった。最初は故、鈴木ヒロミツ、その後、鈴木雅之、山下久美子にそれぞれこの曲が一旦、提供された。プロデューサーによると、この❝そして僕は途方に暮れる❞は、先に作った詞にメロディーを付ける、いわゆる詞先で作られた楽曲。EPICソニーのプロデューサーから銀色夏生を紹介され、大沢も銀色の独特な詞の世界を気に入ったため、当時、大沢の楽曲のほとんどを作詞するようになっていた銀色が、❝そして僕は途方に暮れる❞というタイトルで一度、詞を書いたものの、大沢がうまく曲を付けられないまま保留となっていたらしい。

しかし、プロデューサーはこのタイトルをとても気に入っており、ずっと気になっていた詞だったため、アルバム制作中に大沢が曲作りに行き詰まった際、前述の❝凍てついたラリー❞の最後の部分に、❝そして僕は途方に暮れる❞というフレーズがピッタリ入ることに気付いて、この曲に合わせて銀色が詞を書き直し、さらに大沢が大サビのメロディーを書き足して最終形となったという生みの苦しみを味わった曲だ。

作詞家の銀色夏生の事をおいらは最初、男だと思っていた。そして当時35歳のおいらはその頃付き合っていた彼女にこの詩集を送った。女の子に詩集を送ったのはこれが最初で最後だった。ちょっとキザかな?でも、作家が女の人とわかっていたら送ってないよ…🥴

大沢自身もこの曲について、とても好きな曲だと述べている。1984年(昭和59年)発売のシングルは当時、日清カップヌードルのCMソングに起用され周知の曲となった。
この曲はやはり大村雅朗氏の当時最先端だったシンセサイザーやデジタルドラムを多用した、やや冷たく「金属的」とも言えるエレクトロ・ポップサウンドが特徴で、無機質さと切なさを表している。全編に流れる「レレ・レレレミ」という独特なリフや、マリンバの音色が、都会の孤独感や「あきらめ」のムードを完璧に演出している。レレレのおじさん🤣

派手に盛り上げるのではなく、あえて音の隙間(間)を活かしたスタイリッシュなアレンジが、失恋直後のボー然とした主人公の「途方に暮れる」心理描写をリアルに際立たせている。
聖子ちゃんのアレンジを、溌剌とした果実的で音を幾重にも重ねた美しさ…だとすれば、この曲はそれとは真逆の、金属的で無機質な美しさを感じる✨️音を極力減らして、悲しみや切なさを表現した引き算の美学❇️というものか…

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