このアーティストのこの1曲🎶❇️J★POPS編❝これが私の生きる道❞🎙️PUFFY(大貫亜美&吉村由美)

作詞・作曲・編曲:奥田民生

これが私の生きる道❞デビュー曲❝アジアの純真❞に続き、ミリオンセラー❇️を達成したPUFFY(パフィーの代表曲🎶。奥田民生が敬愛するビートルズ🍏へのオマージュ✨️

間奏部分が❝Day Tripper❞のイントロリフのオマージュ。曲調🎶は❝Please Please Me❞をはじめとした初期の爽快なポップサウンド🎶❝She Loves You❞や❝I Want To Hold Your Hand❞を彷彿とさせる構成。全体的にビートルズ🍎のエッセンスが詰め込まれた、ポップロックの傑作!✨️と評されてい曲🎶

PUFFY旋風🌀🌀が吹いていた頃、おいらはWAVEを退職して、ロングボード・サーフショップを六甲アイランドで始めた頃で、その時には、PUFFYの着るチビTが流行っていた。

PUFFYがこの、チビTを流行らせたといってもいい。🤠おいらの店でもPUFFY・Teeを販売していた。そこからROXY等のサーフブランドでも女子のチビTがブームが到来した。ある40代のおっちゃんか「どうや?このチビTは?」と自慢してきたのでおいらは「それはピチTやろ⁉️🤨」と、戒めた。

そしてPUFFYのやる気のないようなダンスも象徴的だった。そのやる気のなさそうな脱力した感じが❝彼女たちの生きる道❞だったのか…🤔

PUFFY誕生秘話

1994年、事務所で初めて対面した亜美由美は、双方の内気な性格から当初は打ち解けず、由美が年長の亜美に敬語で対応する関係がしばらく続いた。しかし、思いもよらぬ芸能界入りという同じような境遇にあった二人は、徐々に友情を深め、由美亜美の実家に出入りするまでに親密な関係となった。ソロデビューに不安を抱えていた亜美は事務所に由美とのデュオを提案し、すでに亜美のソロ音源が録音されていたにもかかわらず、すんなり受け入れられた。その後、小室哲哉小林武史等の活躍に影響を受け、プロデュース業に関心を寄せていた奥田民生がプロデュースを担当することになった。

現在のPUFFYは、デビュー記念日である5月13日に、東京のLINE CUBE SHIBUYAにて30周年記念ライブ❝One Night Birthday Carnival❞を開催した。ステージにはプロデューサーの奥田民生も駆けつけ、❝アジアの純真❞や❝これが私の生きる道❞などを披露した。

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saichin
【サイチンのプロフィール】 某大手音楽ソフトリテイラーとして、長きにわたりマネージャーを務め、その後カリフォルニアスタイルのロングボードサーフ&ファッション・ショップを12年経営した。 ロングボード、ウィンドサーフィン、スキー、スノーボードなどの横乗り系スポーツ、バイク、車、ファッション、映画、旅行、雑貨、B級グルメ等、多岐の趣味を持つ。 音楽に関しては、洋楽、J−POPSのジャンルを問わず、広い知識を持つ。 特に、80年代J−POPSには無類の知識を持っている。 ユーミン、山下 達郎、竹内 まりや、サザン・オール・スターズ、角松 敏生、須藤薫、村田 和人、南 佳孝、稲垣 潤一、今井 美樹、芳野 藤丸(SHOGUN)、大瀧 詠一&ナイアガラ関連etc… 洋楽では70‘sフォーク・ロック、80‘sAOR、フュージョンの知識は豊富である。 所有レコード2000枚以上、CD2000枚以上。(ピーク時) 好きな言葉は"Free&Easy"と"POP"  座右の銘は"明日は明日の風が吹く" そんな"ポップ"なウェア、雑貨、CD&レコードをヤフオクやメルカリにも出品している。 AOR&ウェスト・コースト関連レコード約400枚購入希望の方はコメント欄からお願いします。