イントロのバンジョーいいね〜( ꈍᴗꈍ)
常富喜雄が拓郎に言われて無理やりバンジョーを
弾かされていたらしいけどね(笑)この曲にとても合ってていいね( ꈍᴗꈍ)
元々は吉田拓郎がアマチュア時代に所属していたGSバンド❝ダウンタウンズ❞の曲で『第2回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト』に出場した際に演奏していた楽曲を新たに歌詞を付け直したもので、当初のタイトルは❝好きになったよ女の娘❞だった。
のちに拓郎の名盤✨️『元気です』でセルフカヴァーしている。その際、タイトルを❝たどり着いたらいつも雨降り❞に、変更されている。
【アルバム 元気です】
1972年発表。CBSソニー移籍第一弾アルバム。❝旅の宿❞や❝祭りのあと❞」等名曲揃いのこのアルバム、なんと13週連続チャート1位👑獲得‼️


1970年前後はロックよりもフォークの方が、言葉を音楽に乗せるという点で先行していたため「フォークシンガーから楽曲提供を受けて、言葉を大事にする部分を残してロックを作ってみたらどうだろう」というホリプロのプロデューサーだった奥田義行の発案を受けて、アルバム『モップスと16人の仲間』(1972年7月5日発売)が制作された。
拓郎は初めてラジオパーソナリティを務めた『パックインミュージック』(TBSラジオ)の生放送中に即興で、❝好きになったよ女の娘❞の歌詞を書き直し❝たどりついたらいつも雨ふり❞を完成させた。
これがズバ抜けて出来が良かったため、アルバム発売と同時にシングルカットされた。
メンバーの星勝は「モップスが模索してきた日本のオリジナル・ロックがこの作品で、ある程度到達できた」と話している。
ちょうどおいらが高校に入った時で、モップスでこの曲を知った。アリスの❝今はもう誰も❞、モップスの、❝たどり着いたらいつも雨降り❞、山本コウタローとウィークエンドの、❝岬めぐり❞そして猫の、❝地下鉄に乗って❞は、おいらの青春ナンバーBIG4=4大ソングだ。(TT)
司が好きやったなぁ〜( ꈍᴗꈍ)
イントロ聴くだけで、あの頃が甦って泣けるわ(TT)…
本当に美しい曲やね〜(*˘︶˘*).。*♡
❝地下鉄に乗って❞は、フォークグループ『猫』の代表曲として知られているが、この曲は吉田拓郎がコンサート前の楽屋で、猫のメンバーを前に即興でメロディーをつけ、その場でコーラスを割り振り演奏して出来た曲。
おいらの青春ソング♬の4曲のうち、2曲が拓郎の曲♬おいらの青春は、吉田拓郎元気なのよ。🧑おいらの好きな曲の共通点は…劇的!なイントロにある!(≧▽≦)
タイトなロック🎸の感じがいいね!🤠

オフ・コースのメンバーもサポートしてたんやね🤠。

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「たどり着いたらいつも雨降り」は私もモップスバージョンで知りました。この曲はその後、吉田拓郎バージョンの方をより多く聴く機会がありましたが、私は今でもモップスバージョンの方が気に入っています。
「あゝ青春」もドラマ「俺たちの勲章」の挿入歌としてトランザムバージョンで知りました。
こちらは反対に吉田拓郎バージョンの方がお気に入りです。特に1975年のつま恋のコンサートで歌われたバージョンが良いですね。
この頃の拓郎はフォークの貴公子として君臨していましたが、私にとってはロック・アーティストでした。
洋楽で言うとニール・ヤングが1番近いかもしれません。
拓郎・陽水・泉谷・小室等は日本のCSN&Yとはなりませんでしたが・・・
たどり着くまでは雨が降ってないんやから良いんジャネ!ってそーゆーことやないんやね!(≧▽≦)拓郎は、ロックやで!だから、拓郎の登場は革新的やったんよ。まるでボブ・ディランが、1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルでの伝説のステージを演ったのと同じかな?