平松愛理の作曲センス✨️は素晴らしいし、
清水信之氏の溌剌✨️としたアレンジ🎹が光る!
❝素敵なルネッサンス❞は、平松愛理さんの曲で、1990年4月21日リリース。当時人気のあったバラエティ番組『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』のエンディングテーマとして使用された。
軽快なリズム🎶と前向きな歌詞が特徴で、彼女の代表曲の1つ。歌詞の内容は、失恋や落ち込んだ気持ちから立ち直り、自分を『再生(ルネッサンス)』させようとするポジティブなメッセージが込められている。
平松愛理さんは、兵庫県神戸市須磨区出身のSSW(シンガーソングライター) 1989年にデビューし、1992年に発表したシングル❝部屋とYシャツと私❞がミリオンセラーを記録する大ヒット‼️となり、日本レコード大賞の作詞賞🏆️を受賞。怖い詞で有名やね。

震災復興支援:1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに、復興支援活動「KOBE MEETING」を長年続けている。心から神戸を愛してるんやね。🤩兵庫県私立親和(しんな)女子高等学校出身。

おいらが24歳の時に㈱東急建設を辞め、冬に菅平高原ホテルにス住み込みバイトをしていた時に、親和(しんな)女子高校が大挙スキーの授業でやってきた。彼女達の世話をし全員にとても感謝されたことがあり、おいらが神戸出身ということも人気になった原因だった。その女の子が平松愛理さんだったかもしれないのだけれど、彼女だったかどうかはハッキリ覚えていない。ただ笑うとエクボが出来て、とても笑顔の可愛らしい人懐っこい女の子だったのは確かだ。「お兄さん🩷お兄さん🩷」「一緒に写真📷️撮らせてください」と、懐いてきて「最後にお世話になったお礼をみんなでしたいので部屋に来てくださいね!👧」と言ってきて仲良くなったその子にもう一度会いたくて親和高校まで探しに行ったことがある。(*ノω・*)テヘ!その彼女が平松愛理さんだったのかは定かではない。ただ、”笑顔の可愛い子”ということだけで名前も聞いてなかったので、彼女の似顔絵を描いて下校する女の子に刑事のように「この子知らない?」と、似顔絵を見せて聞きまくった事を思い出した。結局は分からないままだった。

海星女子大はおいらの自宅から車で10分くらいのところにある。おいらの妹は海星女子高校出身で平松絵里さんと同い年。なにかとても近しいSSWだと勝手に思っている。
おいらがWAVE時代にとてもお世話になった㈱ポニー・キャニオン吉川さんという女性の営業レディがいて、それこそ今井美樹のライヴに招待していただき、その上楽屋に今井美樹と会わせてもらったり、ジノ・ヴァネリのライヴに招待してくれたり、めちゃくちゃ優遇してもらったのに関わらず、平松愛理のコンベンションに参加する約束していたのに、行かなかった事があり、吉川さんの顔を潰し、彼女を激怒‼️🤬させた事があった。ずっと平松愛理さんに会ってスキー場の出会いの時の確認をしたかったのに、そんなまたとない大チャンス‼️を台無しにしてしまった事をもっと後悔している。🥺

平松愛理さんは神戸の誇り✨️です。
バラードでは❝戻れない道❞もとても好きなミディアム・バラードだ。🥰
胸に刺さる素敵な歌詞に心に染みるメロディ〜
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