
おいらが、大学1回生の時に初めて聴いた❝二人の夏❞は、「目眩😵💫がするくらいええ曲♬✨️やなぁ〜🤩」と思った。
ソロデビュー前の当時ドラマーだった浜田省吾が在籍したロック・グループ愛奴の’75デビュー・シングル。山下達郎もカヴァーしたビーチ・ボーイズにインスパイアされた瑞々しい✨️サマー・ロッカ・バラッドの名曲❇️
愛奴のデビューシングルでアルバム愛奴と同時発売された。発売前にCBS・ソニー社内で行われた会議では評判がよく、モニターテストを行った際にもほとんどの人が「良い」と答え、「100万枚は売れる!」とまで言われたものの、実際は殆んどヒット!しなかった。
評判の良さを聞いて意気揚々となっていた浜田だったが、いきなり夢を打ち砕かれる格好となった。2000年11月8日に発売されたベスト・アルバム『The History of Shogo Hamada “Since1975”』にも収録され、このベスト盤が100万枚売れたことで浜田は「漸く社内モニターの話と辻褄が合った」と話している。
こんなにも素敵な✨️夏のチューン♬が売れなかった日本人の若者の感性はどうかしてるぜ!😬あっ!おいらも、その頃は若者やった!(*ノω・*)テヘ!
浜田省吾が初めて自作した作品という訳ではなかったが、本人曰くビーチ・ボーイズの❝サーファー・ガール❞のパロディみたいな曲。
神奈川大学の下宿に住んでいた頃「とにかく暑かったので何か涼しい曲でも作ろうかな」と思って作った。バンドメンバーの町支寛二らに聴かせたところ絶賛され、曲作りにも自信が付いたという。
基本的にファルセットで歌う楽曲のため、作っている段階から町支が歌うことを想定していた。浜田は後半のボーカルを担当している。また、曲中挿入される青山徹のギターソロは、ビーチ・ボーイズの❝Summer Means New Love❞からのモロパックンチョ!である。
❝二人の夏❞は、達郎もカヴァーするくらいだから、達郎はハマショーを意識していたのは間違いないし、バックボーンや音楽志向も似ていたのだろう。二人は同い年で、デビュー❇️は同じ1975年、元はドラマー、グループからソロになったのも同じだ。ただ、達郎とハマショーの音楽は別物だった。
ハマショーは、愛奴を結成する時には、間違いなくSugarBabeを意識していた。しかし、ハマショーは、SONGSのアルバムを聴いて「愕然した…」と語っているが、それほどSugarBabeのSONGSは、完成✨️された、凄い!アルバムなのだ。Lyricは日本語でも音は完全に洋楽なのだ。
❝SugarBabe❞って略せば、”可愛い奴“やんね?それって❝愛奴❞にならない?これは偶然なんかな?
愛奴のアルバムも、SugarBabeのアルバムも売れなかったのが信じられないけどね。おいらはCDだけど、両方持ってるし。


2人とも女性で、お爺さんとお婆さんだと思ってた。
浜田省吾が、SONGSを聴いて愕然としたのはたぶんこういうことだと思う。
SUGAR BABEというバンドは、日本がまだロックンロール=リーゼントと信じられていた時代に7thコードのオシャレなコード&コーラスだったからじゃないかな?達郎の圧倒的な洋楽的な曲作りのセンス✨️に、打ちのめされたのかも知れないね。
でも❝二人の夏❞という曲は、夏という季節の持つ切なさと情熱を、ハマショーの独特な歌声と歌詞で、具体的な夏の情景描写が少ないながらも、聴く者の感情に訴えかける表現力には、達郎に負けてないと思う。
SONGSの中でおいらが達郎の1番曲❇️♬と、思ってるのは❝パレード❞だ。このパレードはら素晴らしい✨️曲で、パレードが町にやってきた、楽しさや町の人の笑顔、青空に舞い上がるカラフルな風船🎈まで見える( ꈍᴗꈍ)凄い曲だ!とことん純粋に”ハレ“の曲で、こんな曲はそうはない。


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