❝時代❞は、1975年10月のヤマハ音楽振興会主催の『第10回ポピュラーソングコンテストつま恋本選会』同年1975年11月16日の『第6回世界歌謡祭』にてグランプリ🏆️を受賞した。司会は九ちゃんだった。そう言えばこんな声やったよね!😀
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同年にシングルが発売され、20万枚のヒット!となった。エッ⁉️😧?こんな名曲が??たったの😧??
『第10回ポピュラーソングコンテストつま恋本選会』でグランプリ🏆️受賞後のアンコールで中島は、バックのオーケストラに耳打ちをした後に突如、ギター一本で❝時代❞を披露した。当時の『ポピュラーソングコンテスト』としては異例だったため、その後の新聞や雑誌などでは、バッシングが相次いだ。

だが、武道館という大きな会場の舞台の上で弾き語りだけで歌える才能と、それにふさわしいスケールが大きな楽曲が誕生したことを意味していた。
そこには自分を発掘してくれた恩人、ポプコンの創設者であり、ヤマハ音楽振興会の理事長・川上源一へのお礼の気持ちが込められていたという。
川上は全国から寄せられた応募曲♪を聴いて、自ら優れた曲をチェックするなど、当時の商業主義とは異なる新しい音楽の発展に注力しようとした。さらにアマチュアから本物の才能を見出して、ヤマハ音楽振興会が世界に通用するように育てていく方針を掲げた。
ポプコンの人気がピークに達していた1975年。川上は応募曲の中から『時代』という作品に耳を留めた。恋人同士の恋愛を描いた作品が主流だったその時代に、『時代』という歌の新鮮さ✨️は、ひときわ輝いて❇️聴こえたのだ。そのスケール感のある歌をつくった才能に驚いた川上は、中島を呼んでこう激励した。
「あなたはすごい詞を書く。将来、詞で勝負するようなアーティストに育って欲しい。できれば大音量をバックにするよりも、ギター1本で歌った方が、あなたの詞が人々に伝わる」そんな言葉の支えもあって、中島は最後にギター1本で歌ったのである。

以来、中島みゆきは自らのアルバムのスタッフクレジットに、必ず「DAD 川上源一」という文字を記載している。DAD は”父親”、あるいは敬意を込めて”師父”という意味があるのだ。

この❝時代❞も、ア・カペラで歌えたら、あなたは外国でも拍手喝采👏👏をもらえると思う!🤠『This is an iconic japanese song! 』って紹介すればいい。
❝DJサイチン神曲❞で、Google検索してみて。この、『時代』は、もちろん入ってるし、ランキングしてるよ。ベスト11🎶❇️
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